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新潟地方裁判所 昭和48年(ワ)375号 判決 1978年5月12日

原告 梨本智宏

<ほか二名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 中村洋二郎

同 中村周而

同 高橋勝

同 工藤和雄

同 足立定夫

同 坂東克彦

同 川村正敏

同 小海要吉

被告 株式会社新潟放送

右代表者代表取締役 風間久雄

右訴訟代理人弁護士 和田良一

同 岩淵信一

同復代理人弁護士 青山周

主文

原告梨本智宏、同本間通夫は、いずれも昭和四五年八月三一日付出勤停止三日間の懲戒処分の附着しない労働契約上の権利を有することを確認する。

被告は原告梨本智宏に対し四一万四、六三二円、同本間通夫に対し四一万四八六円、及びこれらに対する昭和四六年一月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

原告梨本智宏、同本間通夫のその余の請求を棄却する。

原告民放労連新潟放送労働組合の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告民放労連新潟放送労働組合と被告との間においては、被告に生じた費用の三分の一を原告民放労連新潟放送労働組合の負担とし、その余は各自の負担とし、原告梨本智宏、同本間通夫と被告との間においてはこれを五分し、その一を原告梨本智宏、同本間通夫の負担とし、その四を被告の負担とする。

事実

Ⅰ  当事者の求めた裁判

一、原告ら

1  主文第一項と同旨。

2  被告は原告梨本智宏に対し金五一万四、六三二円、同本間通夫に対し金五一万四八六円、及び右各金員に対する昭和四六年一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ附加して支払え。

3  被告は原告民放労連新潟放送労働組合に対し、金五〇〇万円及び右金員に対する昭和四八年一〇月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

《以下事実省略》

理由

一、(当事者)

次の事実は当事者間に争いがない。

被告は、テレビ・ラジオの放送等を業とする株式会社である。

原告組合は、被告の従業員をもって組織する労働組合で、民放労連並びに新潟県労働組合評議会及び新潟地区労働組合協議会に加盟している。

原告梨本は原告組合の執行委員長、原告本間は同組合の執行委員である。

なお《証拠省略》によれば、被告の従業員は原告組合のほか、BSN労組を結成し、その組合員は約一四〇人である(昭和五一年二月当時)ことが認められる。

二、本件訴訟に至るまでの従前の労使関係

《証拠省略》を総合すると次の事実が認められ、以下の事実を覆すに足りる証拠はない。

1  原告組合と被告の労使関係

(一)  原告両名が所属する原告組合(結成当時はラジオ新潟労働組合)が結成されたのは被告(当時は株式会社ラジオ新潟であったが、昭和三六年三月に社名変更して現在に至る。)創立二年後の昭和二九年六月である。

(二)  原告組合は昭和三六年一一月二九日から一二月三日までの五日間組合結成以来初めて全面無期限ストライキを行った。

右一二月三日労使間で、春分秋分の日を休日とすること、長時間の継続勤務の廃止、勤務時間中始業時を管理することを前提に実働七時間を超えた場合原則として残業手当を支給することなどの協定が締結された。なお原告組合はストライキ突入の一五分前に被告に対しストライキ通告をした。

(三)  被告は、昭和三七年一月からチェックオフ制を一方的に廃止し、始業時間を管理するためタイムレコーダーを導入し、同年四月機構改革として職制(部長代理以上)を六名増員した。同年三月二二日被告は、原告組合に対し、就業時間内に組合活動する場合は事前に所属局長に文書で届出て許可を得たのち行うよう通告した。これに対し、原告組合は就業時間内の組合活動は従来から慣行として事務に支障がない限り認められていたと強く抵抗して右通告を守らなかった。以後被告は、原告組合からのスト権確立の通告がなされる都度この通告を行い、スト権確立中の就業時間内の組合活動による職場離脱については、守衛にもこれを監視させた。原告組合は、闘争の重要段階になると組合役員の活動を保障するため指名スト戦術をとったが、同年一二月四日原告組合は若沢曲夫(当時執行委員長)ら五名が同日時限ストを行うことをストライキ突入の三〇分前に被告に通告したところ、被告は、ストライキの場合は一二時間前に通告するよう要求し、これを原告組合に拒否されると、同日原告組合に対し右若林典夫ら五名は今後とも抜き打ちストライキの可能性を含むものと解釈せざるを得ないので五名の労務の提供は争議終了の日まで受領を拒否すると通告し、五名は争議終了の同月七日までロックアウトによって就労を拒否された。

なお以後の争議においても被告は一二時間前または一一時間前にストライキの予告をすることを原告組合に要求したが、原告組合は組合活動を制限するものであるとしてこれを拒否し続けてきた。昭和三八年三月原告組合は試用中の者でも入社後六ヵ月経てば組合員になれる旨の組合規約の改正を検討していた頃、被告は「組合が規約を改正したら、被告は組合事務室、組合電話、組合掲示板その他一切の利便はご破算にする。」旨原告組合に申入れ、原告組合も結局右規約の改正を見送らざるを得なかった。原告組合は、若沢典夫(執行委員長)につき同年四月一六日一七日、佐藤正につき同月一八日の、水沢英夫(書記長)につき同月二二日二三日の、いずれも時限指名ストを行ったが、これに対し被告は右三名の指名ロックアウトを行い争議終了の六月五日までの四〇日ないし五〇日間就労を拒否した。昭和四〇年二月一五日被告は、原告組合が配布した春闘資料のうち「会社と他単組との毎月決って受ける賃金比較表」は故意に被告の賃金を低く示そうとしたものであると反論した文書を従業員に配布するとともに、原告組合に対して右資料を訂正しないかぎり団体交渉に応じない旨申入れ、その後も右賃金比較表をめぐって紛争が続き、このため五月中旬までの約一〇〇日間団体交渉は開かれなかった。同年五月一一日被告から原告組合役員と団体交渉再開の話合をしたい旨の連絡により、原告組合役員である酒井委員長、渡辺副委員長、長沢書記長及び小林執行委員が被告役員室に入ったところ、被告は右長沢、小林両名が指名ロックアウト中であるから被告社屋内に立入れないはずだとして右両名を社外へ実力で退去させた。そこで原告組合は当裁判所に団体交渉応諾の仮処分申請をし、同月二五日当裁判所の勧告により団体交渉が再開された。

同年六月二二日酒井、池葉、長沢、渡辺の四役員が被告のスタジオ周辺で「時間外手当を支払え」「ベアは皆に四月から」と書いたタスキを掛けていたので、被告社長堀内悦夫がこれを見つけ、撤去するよう再三注意し、また自らこれを取りあげた。同年七月被告は「勤務時間内の職場離脱」「プラカード・タスキをつけて社内を歩きこれの撤去命令に応じない」「虚偽のビラを外部に撒いて被告の名誉を汚した」等の理由で、原告組合役員四名と情宣責任者一名をそれぞれ一ヵ月の休職処分にしたほか、二〇日間の休職処分一名、三日間の休職処分一名をそれぞれ懲戒処分にした。昭和四一年一月一八日酒井委員長がフィルム巻中誤ってフィルム一八ヵ所を切断した事故につき、被告は三月八日同人を一五日間の出勤停止処分にした(なお原告組合は右処分に至る過程で被告が酒井に対し「配給元のTBSから右事故に対し五〇万円の請求がきている、五〇万円を弁償しろ」と虚偽の事実を述べて酒井を脅迫した旨主張するが、本件全証拠によるもその真偽のほどを明らかにするに十分な証拠はない。)。日本広告主協会が発表した昭和四〇年一〇月から同四一年九月までの民放ローカル局の売上高と分配率を示した表によれば、民放ローカル局一七局中被告の売上高は一七億五、一〇〇万円で最高であるが、その人件費(分配率)は一八・八%と最低である。

(四)  昭和三九年当時原告組合の執行委員の間でも同組合の運動方針に批判的な者や執行委員会に欠席する者等がいて執行委員会がなかなかまとまらない状態にあったので、その年の組合大会で執行部は右状態を解消すべく執行委員の選出方法を改め、従来各職場毎に一名互選していたのを立候補制にして七名連記の投票方法にする旨提案したところ、右改正についてかなり紛糾した末可決された(但し、七名連記制の投票方法については、選挙管理委員会に一任され、そこで採用された。)。昭和四〇年春闘妥結直前には原告組合執行部の運動方針案に反対する二八名の組合員から民放労連を脱退する旨の決議文が提出され、否決されたが、春闘妥結後にはこれら組合員と被告社長を囲む会が定期的に開かれた。被告は昭和四〇年七月二日「春闘、夏闘は終っても共産分子の破壊工作は終らない。」、同月三〇日「また始まった分子の策動について」、同年八月一三日「赤いバリケード出版記念映画と講演の夕べについて」と題する文書をいずれも全従業員に配布した。同年七月三〇日被告は、鍋山貞親の「企業内における左翼運動対策」と題する講演会を開催し、その後「鍋山講演を聞いて」と題する座談会を開き、原告組合批判を含む座談会記事を八月一五日の社報に掲載した。昭和四一年一月二八日被告は梶川公安調査庁関東公安局長の「ベトナム戦争と最近の公安情勢」と題する講演会を開催した。昭和四一年及び昭和四二年の原告組合の定期大会は執行部と執行部批判派との間で民放労連の運動方針そのものをめぐって紛糾し、大会を何度か続行せざるを得なくなり、また組合員の委任状を入れても大会の定足数に達しないこともあり、毎年八月に開かれる定期大会が昭和四〇年には一一月頃、昭和四一年には一〇月二七日終了し、同四一年度の執行部案は僅少差で承認された。執行部批判派はその後の役員選挙でも敗れたため自らの意見が反映されないとして昭和四一年一二月、二八名が原告組合を脱退した。昭和四二年二月一日以後原告組合脱退者が増加し、同月一三日には四四名に達した。同月六日BSN労組設立世話人会が発足するなどBSN労組設立への動きが活発になり、同月二七日BSN労組の結成大会が被告のラジオ第一スタジオで開催され、委任状を含めて五七名が参加した。右大会終了後BSN労組代表数名と被告首脳部はイタリア軒で会食した。BSN労組は被告に右組合結成を届けるとともに、その後BSN労組に加入した者についてもその都度届け、被告はBSN労組新規加入者、原告組合脱退者の氏名を逐次労務ニュース等で全従業員に知らせた。同年七月一〇日原告組合員は一五名、BSN労組員は九九名、中立の者(いずれの組合も所属しない者)一五名となった。BSN労組はその結成以後争議を行ったことはない。なお原告組合加入の民放労連傘下の近畿放送、福井放送、山陰放送(以上昭和四〇年)、広島テレビ(昭和四一年)、RKB毎日、山口放送、毎日放送(以上昭和四二年)、秋田放送(昭和四三年)はいずれも括弧内の年に組合が分裂した。また被告社長堀内は民放経営者団体である民放連の発足ころから昭和四四年ころまでの間労務委員長の職にあった。

(五)  被告は昭和四三年三月酒井書記長が時間内組合活動をして職場離脱をし、他の職場で大声をあげたとして譴責処分にするとともに始末書の提出を命じ、四月始末書未提出等を理由に半日の減給処分にした。同月池葉書記長が同じ職場離脱をし、それを注意した職制に反抗して抗議したとし譴責処分にするとともに始末書の提出を命じ、五月始末書未提出等を理由に半日の減給処分にした。昭和四三年一月被告は、就業時間内に所属長の業務上の呼出命令に対しこれを拒否することが正当である旨の教宣を行ったこと、及び故意に被告とその職制を誹謗中傷することを内容とする文書を数次にわたって配布し、被告及びその職制の名誉を著しく汚したとして原告組合三役を五日ないし一〇日の休職処分にした。

(六)  新潟地方労働委員会は、昭和五一年二月五日新労委昭和四八年(ネ)第一一号不当労働行為救済申立事件において、被告に対し、昭和四八年度昇給について原告組合員一二名の本給を標準に是正し、かつマイナス査定がなかったものとして再計算し、その金額とすでに支給済みの金額との差額を支払うこと、及び原告梨本他一〇名を昭和四八年四月一日付で、原告本間を昭和四九年四月一日付でそれぞれ副部長職に昇格させること等を命じた。更に同地労委は昭和五二年二月二四日新労委昭和五〇年(ネ)第一四号不当労働行為救済申立事件において被告に対し、原告組合員一二名に対し他の従業員と同様に昭和五〇年ベースアップの四月分を支給しなければならない旨を命じた。被告は、右各命令に対しいずれも再審査を申立て、現在中央労働委員会において再審査中である。

2  原告梨本、同本間に係わる労使関係

(一)  原告梨本

(1) 原告梨本の社歴は、昭和二八年一月ラジオ新潟東京支社入社、同三三年六月本社報道部、同三四年九月大阪支社営業部、同三七年九月副部長登用、同四一年四月本社ラジオ局営業部、同四二年六月副部長降職、同四四年四月本社ラジオ局連絡部、同四七年四月本社ラジオ局CM部に勤め現在に至っている。

(2) 同原告の組合歴は、昭和三四年八月執行委員、同三八年八月代表委員、同四二年一〇月副委員長、同四三年九月から本件懲戒処分時も含めて同四八年八月まで委員長、同四八年九月から同五〇年七月まで書記次長、同年八月から現在に至るまで委員長をそれぞれ務め、組合分裂後の原告組合活動の中心的存在であった。

(3) 昭和四一年三月本社配転に際し、当時のラジオ局長清水(現在社長)から直接同原告に対し「職制にならないか」との話があったが、同原告は原告組合に対する懐柔策と考え右の話を断った。

(4) 昭和四二年三月二二日同原告は、同原告が営業中スポンサーとベトナム戦争の話をした件で当時の堀内社長から注意を受け、営業の外勤から内勤に配置換を言い渡された。

(5) 昭和四二年六月二七日被告は同原告に対し、同原告が連絡を怠った不注意からラジオスポット「荒川峡ドライブイン」が六月一〇日及び一二日の二日間にわたり計三回その内容の一部が誤って放送されたとして始末書を提出させたうえ平均賃金の一日分の二分の一の減給処分にした。

(6) 同年同月三〇日被告は同原告に対し、管理職を補佐し部下を指導していく適格を欠くとして副部長から平社員に降職させた。その理由として、被告は、同原告は当時営業部副部長の職にあって外部での営業活動に従事し、スポンサーと折衝の際政治的意見の喰い違う問題であるベトナム戦争について議論したこと及び右放送事故をあげた。しかしながら、右放送事故については同種放送事故または同原告よりも重い他の放送事故(例えば全く放送が出ない場合、スポンサーを間違えた場合、連絡番組が入れ替って放送された場合)を起した副部長職の従業員がその職(資格)を解かれたことはなく、またこれまで副部長職を解かれた従業員が同原告を含め三名いるが、いずれも原告組合員で、その内一名は昭和四二年原告組合を脱退した後である同四三年一〇月副部長に復職していること、並びに同原告がスポンサーとベトナム戦争について議論したとの点についてはその内容が具体的に誰とどのような議論をしたのかその事実関係が不明であることに鑑み、降職の理由とするに十分なのか明らかでない。

(7) 同原告と同期に入社した者はほとんど全員が部長職に昇格しているが同原告のみが平社員である。前記二1(六)のとおり、被告は、新潟地労委から同原告の昭和四八年度本給を標準に是正すること、及び昭和四八年四月一日付で同原告を副部長職に昇格させること等の命令を受けたが、右命令を未だ履行していない。

(二)  原告本間

(1) 同原告の社歴は、昭和三九年四月に入社し本社ラジオ局技術部、同四四年四月新発田営業所、同年六月本社ラジオ局営業部、同四五年四月本社報道局報道部にそれぞれ勤務し現在に至っている。

(2) 同原告の組合歴は、昭和四二年二月BSN労組結成と同時に同労組に加入し、同四四年三月BSN労組を脱退し原告組合に加入した。同四四年八月から同四六年八月まで原告組合の執行委員、同四五年八月から同四六年八月まで民放労連関東甲信越地連の執行委員、同四六年八月から同四八年八月まで原告組合書記次長、同四八年八月から原告組合の執行委員にそれぞれ就任し現在に至っている。

(3) 原告本間は被告から昭和四四年三月三日新発田営業所に転勤の内示を受けた。当時同原告は両親と三人で新潟市に住み、父親は神経障害(身体障害者の第二級に認定されていた)で六年前から入院、退院を繰り返し、母親は二年前の交通事故で医者通いをしていたので、新発田営業所に転勤すれば両親の面倒をみれなくなるし、経済的に困難になる(但し、両親は税法上同原告の扶養家族にはなっていなかった。)などの理由から、浅見ラジオ局長に家庭の事情を説明し配転撤回を願い出たところ、同月四日被告は新発田営業所へ転勤の内示を撤回し、転居の必要のない新潟放送興業(保険代理業務などを目的とする被告の関連会社)へ出向を内示した。同原告が右出向を承諾しなかったので被告は同月一〇日右出向を白紙に戻し、社長の裁断で新発田営業所に転勤を命じた。同原告は右転勤に不満だったのでBSN労組の役員に相談したところ、同役員は浅見局長に善処を申入れてくれたが、同原告の将来を考えると新発田へ転勤して営業の仕事を覚えた方が同原告のためではないか、転勤はサラリーマンの宿命で今回の転勤を拒否するのは同原告のわがままではないか(同原告と同じ年に入社した三名のうち二名は既に転勤していた)等言われ、BSN労組としては同原告の要望をとりあげてくれなかったので、同原告は同月一二日BSN労組を脱退して原告組合に加入した。原告組合は右転勤を不当配転と把え、その撤回のため民放労連や地域の労働者の支援を要請するとともに同月二八日組合分裂後初めて八年ぶりに組合員一五名の全面ストライキ権を行使して闘った。新潟地域及び民放労連所属の一〇〇を越す労組等から不当配転撤回要請書が被告に寄せられたり、被告社屋前芝生で総決起集会が開かれた。被告会社内でも組合の違いを超えて同原告の所属するラジオ運行部から全員一致で同原告の家庭事情等を考慮されたい旨の嘆願書がラジオ局長に提出された。四月八日被告社長と民放労連常任中央執行委員具島陽一とのトップ会談の末、被告原告組合との間で確認書が調印され、その内容は新発田営業所に勤務を命じられた同原告が任地先で経済的不利益及び精神的苦痛(病弱の両親の看護など)等について申請があれば、父親の退院時(五月中の予定)にラジオ局営業部に再配転することを確認したものである。

被告は労使間で特に紛糾しなければならない問題という位置づけもなかったうえ、被告の役員が同原告の父親と親しかったこと等もあって父親の退院時に同原告を再度本社に戻すことにして右紛争を収拾した。

(4) 入社以来マイナス査定のなかった同原告は、原告組合に加入した昭和四四年以降昇給、一時金とも大幅なマイナス査定を受けている。なお前記二1(六)のとおり、被告は、新潟地労委から同原告の昭和四八年度本給を標準に是正すること、及び昭和四九年四月一日付で同原告を副部長職に昇格させること等の命令を受けたが、右命令を未だ履行していない。

三、本件事務室貸借契約書第五条に基づく本件事務室立入権限について。

昭和四五年八月二五日午後九時二五分頃倉田守衛が本件事務室に立入った(以下本件立入行為という)ことはいずれの当事者間においても争いがない。

ところで被告は、倉田守衛の本件立入行為は本件契約書第五条に基づく防火防犯のための正当な巡視業務であると主張するので、以下本件契約書第五条に基づく本件事務室立入権限について検討する。

1  被告施設の巡視制度の経緯

《証拠省略》によれば次の事実が認められ、左記事実に反する証拠はない。

(一)  男子社員による当直制

被告においては、昭和三七年三月末までは男子職員による当直制が存在し、夜間の来客の応待、通信、文書の受理等や施設の維持管理にあたって来た。

(二)  守衛による巡視

昭和三七年頃になると、新社屋の建設に伴って別館別棟がそれぞれ増築され、施設の規模が拡大すると共に機械類、放送用具類も増加してきたし、被告の業務である放送は、性質上電波、映像の発信を一刻も欠かせないものである等の事情から昭和三七年三月に専門職である守衛を採用して守衛制度を発足させ、四名の守衛が交替勤務することで外部者との応待や文書の授受等を含め、被告施設の巡回巡視を義務づけるに至った。なお、被告は男子職員による当直制に代えて、不時の事故等に備え部長代理職以上局次長職までの幹部職員による管理宿直制度を採用し、管理宿直者に夜間の事故等につき他の勤務中の職員を指揮監督させた。守衛は、各部屋の鍵を保管して鍵の貸出し、受領に応じていたし(但し、組合事務室の鍵は組合員が常時持ち守衛に返還することはなかったが、守衛室にスペアの鍵が保管されていた。)、巡回巡視について、昼間は適宜一回、夜間は二三時、一時、三時の三回行い、その際は各部屋に立入り、火の元、電燈、戸締り、水道栓、雨の吹込み、書類の放置の有無等をよく点検し、これらの安全、保安の処置をとらねばならないし、右巡視の結果を守衛日誌に記入することとなっていた。

(三)  ガードマンによる巡視

右四名の守衛のうち一名が退職したのを機会に、被告は昭和四二年一一月いわゆるビートパトロールという警備(被告に常駐せずに決った時刻にガードマンが被告に派遣されて巡回巡視する)をして貰う旨の契約を日本警備保障上信越株式会社との間に締結した。その後昭和四三年四月頃からは常駐警備による方法に切替え、平日は午後六時から午前六時まで常駐し、日曜、祭日は午前七時より午後六時までガードマンが常駐することとなった。右ガードマンの警備対象物件は、右契約によれば被告の全施設(但し、後述のとおり原告の組合事務室は除かれた)に及び、その責任について、その内部巡回(閉社後可及的速やかに社屋内全域にわたり検索を行い、扉を閉鎖し、不法残留者の早期発見に努めるとともに火災発生の危機の防止及び窓、扉等の施錠の確認を行う等)、及び外部巡回(建物周辺の徘徊者、不審者、潜伏者の発見、処置、火災の危険防止、早期発見等)に関する責任はガードマンがこれを負担し、出入管理、受付管理、及び鍵保管に関する責任については守衛を補佐する責任にあった。そしてガードマンは右巡回目的を達するため、一九時、二二時、一時、五時の四回に亘って巡視を行っており、被告は右巡視の事実を明確にするために巡回場所たる各施設に時刻キーを備え付けて記録していた。ガードマン導入後守衛の巡視業務は、ガードマンの常駐していない昼間二回及びガードマンの常駐している夜間一回いずれも適宜の時間を選んで巡回することになっていたが、夜間の巡視は大体午後九時頃、ガードマンが実際に巡視しない場所を巡回していた。

(四)  被告はかつて新潟大火、豪雪、地震などの大災害を経験しているが、ともすれば災害ずれとも言える安易感に陥りやすく、むしろ非常事態に備える対策は他社に遅れをとっているのが実情であると考え、昭和四五年六月一五日非常事態発生時における社内体制を確立し、有事に備えようと災害対策要綱を作成し、これを社報によって社員に告示した。これに関連した防火管理規程の新設に伴い、火元責任者を拡充強化し、自衛消防隊の編成にとりかかっていた。

2  原告組合事務室の巡視巡回について

(一)  原告組合の組合事務室貸借の経過

《証拠省略》によれば次の事実が認められ、左の認定に反する証拠はない。

被告は原告組合の事務室として、(一)昭和三六年三月一日に被告所有の社屋たる新潟市川岸町三丁目一八番地鉄骨ブロック造りスレート葺二階建一棟建坪六六坪のうち事務室六坪を(二)新潟地震後の昭和四〇年三月一日に同じく同所にある仮設ケービーハウス二階建一棟建坪三七・五坪のうち事務室三坪を(三)昭和四一年九月三〇日に同所にある鉄骨コンクリート造り三階建一棟のうち事務室三坪を(四)昭和四四年九月三〇日に問題の本件事務室をそれぞれ代替のうえ各無償で貸与してきた。

(二)  原告組合の組合事務室貸借契約第五条訂正の経緯

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

被告が昭和三六年三月一日原告組合に組合事務室を貸与するに際し、被告が示した組合事務室貸借契約第五条の原案は「この建物の保全、衛生、防犯、防火、救護、その他必要あるときは、被告の命令に於て非組合員は随時貸借物件内に立入り、又はその内外を巡視することができる。」とあったが、原告組合はいつでも防火防犯等の名目で組合事務室に入られたのでは原告組合の独自性、自主性が保てないので緊急やむを得ざるとき以外の立入巡視は困るとして、「その他必要ある時は」を「その他緊急止むを得ざる時は」に、また「随時立入り」の「随時」を削除するよう申入れ、交渉の結果被告も原告組合の申入れのとおり第五条を訂正して組合事務室貸借契約が締結された。被告と原告組合間にはその後四回にわたって右契約が更新されたが、右第五条は同一条文のまま引継いできたものであって、右更新に際し双方から第五条の文言の訂正とか、運用面における変更等の申入れもなかった。

以上の認定に反する証人飯塚実の供述中、原告組合の面子のみで契約第五条の表現が変った旨の部分は、前掲証拠に照らしたやすく採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(三)  原告組合事務室巡視の実情

《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

昭和三七年三月被告が守衛による巡視制度を採用した際、被告と原告組合との間で原告組合事務室の巡視をどうするのかにつき話合いは一切なく、また被告から同組合に対し今後守衛が同事務室を立入巡視する旨の通告もなかった。昭和四三年暮頃被告は前記ガードマンによる巡視制度を採用し、その実効性を確保するため各施設に時刻キーを取りつけ、ガードマンが巡回したことの記録を留めようとした際原告組合から原告組合事務室に対する時刻キーの設置は困るとの異議があって同事務室への立入巡視を拒否されたが、被告もこれを特に問題とすることなく了承して被告施設のうち同事務室のみ時刻キーを設置しなかった。そのためガードマンによる巡回巡視は、被告と警備保障会社との契約によれば、被告の全施設に及ぶことになっていたが、右の事情により同事務室だけはガードマンによる立入巡視は行われなかった。被告が昭和四五年六月災害対策要綱を作成した際も原告組合と被告との間で本件事務室に立入巡視する件で話合いが行われたこともなかった。

原告ら組合員は、春闘、秋闘、年末闘争及び定期大会の準備等ニュースや資料を多数発行する多忙な時には、組合事務室を午後一〇時頃まで、場合によっては午後一二時頃まで使用していたが、原告組合員が同事務室に在室している時、倉田またはその他の守衛から巡視のため同事務室に立入って巡視に来たことは、同事務室を貸借した昭和三七年以降本件立入行為があるまで一度もなかった。昭和四二年から本件立入行為があった昭和四五年八月まで同事務室の防火責任者に原告梨本が被告から指定されていたが、同原告はその期間被告から防火防犯上特に注意を受けたことはなかった。本件立入行為当時被告の守衛は倉田守衛の他、熊倉、小畑両守衛がいたが、原告梨本が右事件の翌日熊倉守衛に、その翌々日小畑守衛にそれぞれこれまで巡視のため原告組合事務室に立入ったことがあるか尋ねたところ、いずれも立入ったことはないと答えていた。なお倉田守衛は昭和四三年五月頃の午前一時頃原告組合事務室が深夜電気が消されておらず、施錠もされていなかったため、泊り勤務の酒井組合員にこれを指摘したことがある。

証人酒井邦雄の証言中「会社から火気の点で注意や申入れがなかった」旨の供述があるが、右供述は右認定に反するものではなく、また証人倉田弘の証言中「昭和四三年冬頃原告組合事務室の石油ストーブが消えていないことがあり守衛日誌につけた」旨の供述、並びに証人飯塚実の証言中原告組合より昭和三七、三八年頃守衛が跡始末を頼まれたこともあった旨の供述は前掲各証拠に照らし、また右供述のみをもってこれを認めることには躊躇せざるを得ないので採用しない。

ところで前記三1で認定したとおり、守衛はガードマンによる巡視制度導入前は昼間一回(適宜の時間)、夜間三回(二三時、一時、三時)、右制度導入後は昼間二回、夜一回(適宜の時間だが夜間は大体午後九時頃)に巡回巡視をなっていたのであるが、仮に右巡視の際原告組合事務所に立入り巡視していたのであれば、昭和三六年原告組合が組合事務室を借り受けてから本件立入行為までの約八年間に少なくとも何度か原告組合員が同事務室に在室している時に立入巡視したことがあってもよいはずなのに右認定事実によればそのようなことはなかったと言うのであるから、また時刻キー取付の拒否等その余の右認定事実に照らし、守衛制度発足以来守衛は巡規の際原告組合事務室を巡視の対象からはずしていたと解するのが相当である。右認定事実中、倉田守衛が酒井組合員に防火防犯上の注意をしたのは、同守衛が原告組合事務室付近を巡回した時、たまたま同事務室の不用心さに気付き酒井組合員にこれを指摘したと解すべきであって、同事務室立入行為が巡回巡視の度に行われていたと解すべきではない。

(四)  原告組合事務室(本件事務室)の構造と防火

《証拠省略》によれば、本件事務室は被告建物の旧館南側のやや中央辺に在って、被告社内へ通ずる通路はなく、周囲はコンクリートブロック面の上にセメント塗りした建物であって、仮に本件事務室で火災が発生したとしても本件事務室以外の被告建物の方へ延焼し難い構造になっていること、被告建物の各施設に取り付けられている火災報知器は本件事務室にはとりつけられていないことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

3  BSN労組の組合事務室巡視の実情

《証拠省略》によれば、BSN労組はその組合結成と同時に組合事務室貸与の申入れをなし、被告は昭和四三年三月二五日被告施設の一部屋を貸与したが、その契約内容は原告組合のものと全く同じものであったこと、その後三回にわたって右契約の更新が行われてきたが、被告のBSN労組事務室への立入巡視に関する規定は原告組合のそれと全く同一であったところ当初は守衛がBSN労組事務室を巡視していたが、その後右事務室に時刻キーを設置し、ガードマンが毎日定時に右事務室を立入巡視していること、以上の事実が認められ、右認定事実に反する証拠はない。

4  本件契約書第五条の解釈

使用者は労働組合に対し、当然に組合事務室を貸与すべき義務を負うものではないが、一旦組合事務室が貸与された以上、労働組合は組合活動のため社会観念上通常必要と認められる範囲内で組合事務室を自由かつ独占排他的に使用し、自らこれを管理する権限を有するものである。使用者と言えども正当な理由なくして組合に無断で組合事務室に立入ることはできず、かような立入は労働組合の貸借権ないし占有権を侵害する違法な行為であるに止まらず、労働組合の運営に対する介入として不当労働行為(労働組合法第七条第三号)が成立することもあると言わなければならない。

もとより使用者は組合事務室を貸与する場合、貸与する場所や範囲は勿論、その使用方法についても合理的理由の存在する限り施設の維持管理の必要上種々の条件や制限を求めて貸借契約の内容とすることができることも当然のことである。ただ、右条件や制限規定の解釈にあたっては、組合事務室が労働組合にとって組合活動の中心(心臓部分)であり、使用者に対して秘密を保つべき書類、情報等が保管されている場所であることの特殊性を前提にして組合事務室貸借契約が締結されていることに鑑み、組合事務室使用に関する条件や制限規定の解釈にあたっては、労働組合法の制定された趣旨に従い労働組合の自主性や独立性を侵さない様解釈するのが契約当事者の合理的意思に合致するものと言うべきである。

ところで本件契約書第五条は、これまで認定してきたとおり、原告組合と被告の厳しい労使対立の中で締結、更新、運用されてきたこと、同条訂正の経緯、原告組合事務室立入巡視の実情、本件事務室の構造及び労働組合の自主性、独立性確保の要請等をしんしゃくすれば、同規定の文言に忠実に「建物の保全、衛生、防犯、防火、救護、その他の事由により、緊急止むを得ざるときは、被告の命令において非組合員は組合事務室に立入ることができる」趣旨と解釈すべきである。

被告は「緊急止むを得ざる」との字句が「保全、衛生、防犯、防火、救護」の冒頭に記載されておらず、「その他緊急止むを得ざるとき」と規定されている体裁をとらえて、建物の保全、衛生、防犯、防火、救護の目的のためなら何時でも適宜の時間に組合事務室に立入って巡視でき、その他の目的の場合だけは緊急止むを得ざるときしか右事務室に立入巡視できないと解釈すべきだと主張する。

しかしながら、建物の保全、衛生、防犯、防火、救護の場合とその他(例えば防水、検証の結果によれば本件事務室は信濃川の川岸にある)の場合に何故立入巡視権限が格段に違ってくるのかが明らかでなく、むしろ建物の保全、衛生、防犯、防火、救護は立入巡視の目的が明らかな場合の例示にすぎなく、その例示に準ずるものを全部網羅することは困難なので「その他」と包括したものと解すべきで「緊急止むを得ざるとき」という字句を「保全、衛生、防犯、防火、救護」の冒頭にもってこようが、その最後にもってきて締めくくろうが本件契約書第五条の場合はその意味する内容が変らないと言うべきである。このことは被告が本件契約書第五条の原案として当初原告組合に呈示した「建物の保全、衛生、防犯、防火、救護その他必要あるときは被告の命令に於て非組合員は……立入巡視することができる。」旨の条項を被告主張の論法で解釈するならば、「必要あるとき」は冒頭にないから、「建物の保全、衛生、防犯、防火、救護」はその必要がない時でも何時でも立入巡視でき、その他の場合だけ必要があれば立入巡視できるとの解釈をすることになるが、その解釈の失当なることは言うまでもない。

また被告は「建物の保全、衛生、防犯、防火、救護、その他の事由で緊急止むを得ざるときに立入巡視できるのは当然であるから特別組合事務室貸借契約の内容にする意味がないと主張する。しかし、労使対立の厳しい中で余計な紛争をおこさないためにも原告組合事務室を被告が立入巡視するためのルールを定めておくことは必ずしも意味のないこととは言えない。

なお前記三3で認定したとおり、本件契約書第五条と同一条項が被告とBSN労組間の組合事務室貸借契約書中にも存在し、被告は右条項に基づきこれまで守衛やガードマンによってその組合事務室を巡視しているのであるが、BSN労組が被告と組合事務室貸借契約を締結した時には原告組合事務室貸借契約第五条は既に前記三4の如く解釈され、運用されていたのであるから、BSN労組と被告との間の同一条項の解釈運用が原告組合のそれと異ったとしてもそれは被告との信頼関係が異なるところからくる組合の自主性、独立性確保の対処の違いであって、当然に本件契約書第五条がBSN労組と被告間で解釈されているとおりに解釈すべきことにはならないから、前記三4の本件契約書第五条の解釈を左右するものではない。

5  以上のとおり、被告は本件契約書第五条に基づき、「建物の保全、衛生、防犯、防火、救護、その他の事由により緊急止むを得ざるとき」に限り、原告組合事務室に立入巡視する権限を有するものである。

なお、防火のため立入巡視につき、被告の施設には本件事務室を除き火災報知機が設置されているのであるから、被告が本件事務室の防火に不安を抱いているのであれば、被告施設の一部である本件事務室に火災報知器を設置して、労使間に摩擦のない方法で、まず防火の実をあげていくべきである。

四、倉田守衛の本件組合事務室立入行為の違法性

1  《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

(一)  倉田守衛の本件立入行為の態様

昭和四五年八月二五日午後九時頃、一人本件事務室に居残り同月三〇日の定期大会を控えてガリ切りをしていた原告本間は外に食事に出かけた。その際、また帰って来るので部屋は消灯し、入口の鍵はかけたが脇の窓の鍵はかけず、戸だけ締めて出かけた。脇の窓の鍵をかけなかったのは当夜の居残りは原告本間一人であり、たまたま入口ドアの鍵を持っていなかったので、自動ロック式で施錠した入口のドアを、戻って来た時脇の窓から手をのばし、開くためであった。同夜午後九時二五分頃自動車で本件事務室前まで帰ってきて、脇の窓を開け内側から入口ドアを開けようとして取手に手をかけたところ、何か生温かい変なものに触って驚いて手を引っ込め、改めてそっと窓を全部開け、よく見透すと真暗闇の中で身をかがめ、頭を下げて伸ばした両手で取手を把んで引張っているような人物を発見した。原告本間はその人物が顔をあげたので、それが倉田守衛であることが月明りでわかった。その場で原告本間が倉田守衛に対し、ここで何をしていたのかと何回か聞いてみても、同守衛は黙って返事をしなかった。原告本間は外から本件事務室に入ろうとしたが、ドアに鍵が掛っていたので再び窓から手を伸ばし、内側から鍵を開けて中に入り、本件事務室内の電気をつけた。原告本間は再び倉田守衛に対し、何をしていたのか問い質したところ、同守衛は「鍵が明いていたので入った。」と小声で答えた。そこで、同原告が「嘘を言うな。俺は鍵をかけ、鍵のかかったのを確認してから出た。」と追求したら、同守衛は小声で「明いていたので入った。」と再び答えた。同原告が更に「嘘を言うな。ドアの取手をしっかり押えてしかもしゃがみ込んでいるのはどういうことなんだ。」と追及したが、同守衛は常に下を向いて立っているだけで殆ど何も答えることができなかった。そこで、これ以上聞いても仕方がないと思った同原告は守衛に対し、その時刻が午後九時二八分であること、及びドアの取手をしっかり押えてしゃがんでいたことの二点の確認を求めたところ、同守衛は「はい」と答えたので、そこで別れた。

(二)  原告両名の抗議等

倉田守衛の異常を言動はスパイ行為であると直感した原告本間は、執行委員長の原告梨本と民放労連新潟映画社労組執行委員長佐藤信也に連絡して、三人で再び同守衛の本件立入行為の真相を追及するため直ちに被告守衛室に赴いた。他方倉田守衛も事態を重視し、部長代理職以上局次長までの幹部職員(管理宿直者)を通さずに直接自己の上司の管理部長に電話で原告本間とのやりとりを報告したところ、同部長から人事部長にも連絡するよう指示を受け、同部長にも連絡をとったが同部長不在で連絡がとれなかった。同夜午後九時五〇分頃右三名は被告守衛室前に到着し、倉田守衛に対し本件立入行為のことで聞きたいが守衛室の中に入っていいかと尋ねたところ、中に入っては困ると言って同守衛が守衛室前に出て来た。そこで三名は同守衛に対し、何故本件事務室に立入ったのか追及したところ、同守衛はドアが明いて不用心だし、空気が乾燥していたので火の元の点検のため立入った旨答えたが、右三名はこれに納得せず、「ドアは締っていた。嘘を言うな。真暗な本件事務室で火の元の点検ができるはずがない。しかも内側から鍵をかけてドアを押えていたのは何故か。誰の命令で何時から原告組合事務室に立入っていたのか。スパイ目的で立入ったのではないのか。今後は本件事務室に立入らないよう一筆書け。」等と追及したところ、同守衛は一つ一つの質問に黙っている時間が多いながらも「本件事務室の電気をつけないでも懐中電灯で用を足していた。ドアを押えたのは外部から不審な者が立入るかも知れないと思い咄嗟に押えただけだ。自分の判断で異常乾燥が続いているので一ヵ月前から火の元の点検を重視してスペアキーを使い本件事務室内も見回っていた。スパイ行為は断じてやっていない。今後本件事務室に入らない旨の文書は明日書く。」旨答えた。右三名は同守衛が黙り込んで答えなかったり、同人らに納得できない答えをするので、時々声を荒らげて難詰したり、カウンターを拳で叩いたりしたが、守衛室に二度かかってきた電話を同守衛が応待に出るのを妨害することもなく、同守衛が午後一〇時半頃気分が悪くなって守衛室に入って椅子に腰をかけた時も何らの手出しもせず、窓の外からカウンター越しに話を続けた。右二度の電話は三名が来る前に連絡がとれなかった飯塚人事部長からで、午後一〇時半頃の第一回目の電話で同守衛は、「本件事務室を点検していたところ、今原告組合の人から抗議を受けている。」旨報告したが、同部長も「そうか」と言った程度のことで終ったが、午後一一時頃の第二回目の電話で同守衛が要領を得なかったため人事部長から管理宿直室に電話を回すように言われ、そのとおりにしたこと、右三名は、同守衛が明日、今後本件事務室に立入らない旨の文書を書くと言うので、その時守衛室にいたガードマンに同守衛の言葉の確認を求めてそこを午後一一時頃退却した。管理宿直室は守衛室と通路を挾んで隣にあり、通路との仕切は鉄筋コンクリートの壁であるが、その管理宿直者が飯塚人事部長の電話で右三名と同守衛との騒ぎを知って守衛室に行った時には、既に三名は帰った後であった。三名が抗議中に守衛室にはガードマンもいたが、ガードマンは午後一〇時の巡回巡視に従事したため実際に守衛室にいたのは午後九時五〇分頃と同一一時直前頃であった。三名の抗議中守衛室の前を通って四、五人の被告従業員が退社しているが、誰も右抗議等に特別関心を示さず帰っている。なお新潟気象台の観測によると、当日午後九時の湿度は七八%、気温二六・八度、風速一・三m/秒で、湿度はむしろ高い状態であった。同気象台では、湿度三〇%以下の状態を異常乾燥と呼んでいるが、当日の前日の平均湿度は七四%、前々日のそれは七三%であるから、本件立入行為当時異常乾燥が続いてはいなかった。

(三)  倉田守衛の経歴、職務

倉田守衛は昭和三八年三月守衛として被告に縁故採用され今日に至っているが、被告入社以前にも守衛の仕事をしており、本件事件当時守衛経験年数約九年であった。同守衛が入社当時は総務局の総務部長の指揮監督を受けていたが昭和四一年一〇月頃の機構改革で守衛は総務局管理部に属することになった。守衛の職務は被告施設の巡回巡視、外来者の受付、電話、郵便物の受付、鍵の貸出受領等の管理部に属する仕事のほか、タイムカードを保管し、それにより各職員の出欠、遅刻、早退等をメモして人事部に連絡する等、同じ総務局の下にある人事部の仕事も一部やっていた。また平素原告組合の掲示板に掲示されている組合ニュース等の文書の内容を見て新しい掲示文書があれば人事部に連絡して人事部の原告組合情報収集に協力したり、原告組合の争議時人事部の掲示した期間原告組合員が組合活動のため勤務時間内に職場離脱するのを監視したりするのもその職務内容になっていた。

右認定に反する証人倉田の供述中、本件事務室のドアは開いていた旨の供述は、同証人の供述全体が曖昧で納得し難い所が多く、客観的事実(例えば異常乾燥の有無等)に違う所もあって、その信憑性が必ずしも高くないうえに、原告本間が本件事務室のドアを締めて食事に出たので、帰ってきた際ドアを明けようとせず、すぐ窓をあけ手を伸してロックしたドアを内側から明けようとした(証人倉田も同原告がドアを明けようとせず、すぐ窓を明け、手を伸してロックしたドアの取手を取って内側から明けようとしたことを認めている)旨の同原告の供述の方がはるかに分かり易く信用性が高いと言わざるを得ないので、右証人の右供述は措信せず、他に右ドアが閉っていたとの認定を覆すに足る証拠はない。(前記三1(二)で認定のとおり、守衛室には本件事務室のスペアキーが備え付けられているので、同守衛はそれを使って同事務室の鍵を明けたと推認される。)次に右認定事実によれば、倉田守衛は異常乾燥が続いているので一ヵ月前から火の元の点検を重視して本件事務室に立入った旨原告らに答えているが、倉田証人は反対尋問において、本件事務室のガスの元栓や電源のある場所、灰皿の数、吸殻の有無、防火のために原告組合で特別配慮した点について満足な供述ができず、また異常乾燥が続いていないのに続いているなどと虚言を言っていることに照らし、右答の真実性については信用できない。また同証人は証言の中で、「原告組合事務室は一般社屋と同じよう昭和三八年当時から巡視していた」旨供述するが、右供述も措信できないことは、前記三(2)(三)の原告組合事務室の巡視の実情のところで考察したとおりである。さらに同証人は、本件事務室の前に自動車が止って人が降り誰かが近づいてきた時、同守衛はどんな人が来たのか一瞥もせず「変な人」が来たとして突嗟に中腰で本件事務室のドアの取手を引張って「変な人」が入らないようにした旨述べるが、反対尋問において何故変な人と思ったのかの質問に納得いく説明もできず、また守衛としては防犯の職責上どんな人が来たのか確認すべきであるのに守衛経験の豊かな同守衛がそうした行動をとっていない点等からして「変な人」が来たと思ったとの弁解は信用できず、むしろ同守衛は本件事務室に自動車で乗りつけて来るのは原告組合員ではないかと咄嗟に判断し、自己に原告組合員に見つかっては困る「やましい行為」があったからこそその者の確認もせず、ドアのロックをして取手を内側から引張るようにして右組合員がドアの鍵を明け、中に入ってくるのを防止しようとしたと解さざるを得ないところである。その他右認定に反する乙第二五号証、証人飯塚実の供述は前掲各証拠に照らし措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

2  以上の認定並びに検討したところによれば、倉田守衛が防火防犯のために本件事務室に立入ったとは認められないところである。むしろ同守衛はこれまで防火防犯等の目的で本件事務室に立入り巡視をしていなかったのであり、しかも被告が原告組合と厳しい対立を続けていたことを十分承知のうえ被告側の立場に立って原告組合ニュースなどを見て人事部に連絡して同守衛が、特別な理由もなしに本件事務室に立入巡視することを原告組合が納得するはずがない(容易に本件事務室に立入巡視できない)こと位たやすく感得できていたと解されること、それにもかかわらず同守衛は敢えて夜間組合員の居ない時に本件事務室に立入り、原告本間に発見された時に異常な行動をとり、その際の弁解に虚言が多く、また原告両名の抗議に対し同守衛は毅然たる態度がとれなかったし、十分納得させる説明ができなかったこと、夜間異常事態が発生すれば管理宿直者に連絡することになっているのに同守衛は原告本間に本件立入行為を発見されるや守衛室のすぐ隣に管理宿直者がいるにもかかわらずそこには連絡せず、夜間直接に管理部長や人事部長の自宅に連絡していること、被告は、後記五で認定のとおり本件立入行為に抗議した原告両名をその理由がないのに出勤停止三日間の懲戒処分に付して同守衛の行動を実質的に援護しているとみられること、倉田守衛は原告組合情報の収集も職務の一つとしてやってきたが、本件事務室内には掲示板に掲示されていない、使用者に対して秘密にしておくべき文書も多数予想でき、本件事務室に立入ることは組合情報を収集するには好都合であること、その他これまでの労使関係の厳しい対立下で発生した事件であること等を考慮すれば、同守衛の本件事務室立入行為の目的は原告組合情報の収集のためであったと解するのが相当である。そのように解して初めて同守衛のとった不可解な言動が理解できるものである。即ち、原告本間が本件事務室に入ろうとした時、同守衛がドアを内側から締め取手を持って引張るようにしてドアが外側に開かないようにしていたのは、同守衛の不正な情報収集行為の発覚を防止するためにやったことであり、同守衛が虚言の弁解をしたり、原告両名の抗議に黙りがちで精神的に疲労したのも、情報収集のため本件立入行為に及んだとは言えず、その場かぎりの弁解をしてみたり、弁解ができなかったからであると解されるし、異常事態の発生に備えて宿泊している管理宿直者に連絡せず、直接管理部長や人事部長の自宅に夜間連絡したのは、不正な情報収集行為の発覚という管理宿直者では処理できない重大な問題と考えたからと解されること、被告も後記六で認定のとおり右情報収集は被告の指示によるものだけに倉田守衛の本件立入行為を責められず、逆にこれに抗議した原告両名を理由もないのに懲戒処分に付し、右立入行為に関する紛争に一応の決着をつけようとしたと認めるのが相当である。

3  以上のとおり、倉田守衛は原告組合情報収集のため本件事務室に立入り、侵入したものであるから、右立入行為は原告組合の組合活動の自主性を阻害するおそれのある違法な行為と解するのが相当である。

五、本件懲戒処分の違法性

1  被告は昭和四五年八月二一日原告両名に対し、「八月二五日午後九時五〇分頃から午後一一時頃に及ぶ間、原告両名は部外者一名を加えた三名で正当なる守衛の巡視業務にいいがかりをつけ、当該守衛を脅迫つるしあげ、守衛業務を妨害した」との理由でそれぞれ出勤停止三日間の懲戒処分に付したことは当事者ら間に争いがない。

2  そこで本件懲戒処分が違法無効であるかにつき検討する。

①前記四で述べたとおり、倉田守衛の本件事務室立入行為は正当な行為と言えないこと、②原告組合の執行委員長である原告梨本、及びその執行委員である原告本間らが本件事務室に不法立入した倉田守衛に対し、原告組合の独立性を守るため本件立入行為の目的、同守衛の不審な行動等を追求し、今後本件事務室に立入らないよう求めたことは、原告両名の組合員個人としての行為であると同時に原告組合としても当然取るべき行動であると解されるから、原告両名の右行為は労働組合法第七条第一号の「労働組合の正当な行為」と解されること、③前記《証拠省略》によると、原告両名らは倉田守衛に対し本件立入行為を追求していた際、同守衛が黙りがちで答えなかったりしたので、同守衛に「こら守衛、犬」等一部穏当でない発言があり、時々声を荒らげて同守衛を難詰したり、カウンターを拳で叩いたりしたことは認められるが、その言動自体を把えて脅迫つるしあげ行為とまで解することはできず、前記四認定の事実、その中でも以下の事実、即ち原告両名らは同守衛に何らの手出しもしていないばかりか同守衛が電話応待のため守衛室への出入することを妨害もせず、同守衛が守衛室に入ってからも守衛室に勝手に入らずカウンター越しに話をしていたのであって、仮に同守衛が不当な脅迫つるしあげを受けているのであれば電話をかけてきた飯塚人事部長、守衛室にいたガードマン、隣室で宿直している宿直管理者及び退社している被告の従業員らに助けを求めることが容易であるのに同守衛はそうした行動もとろうとしなかったこと等を考慮すれば、原告両名ほか一名が同守衛を脅迫つるしあげたと解することは躊躇せざるをえず、むしろ全体的に観察すれば原告両名は激昂はしたものの節度をわきまえ理にかなった質問ないし要求をしているとみるのが相当であること、④《証拠省略》によると、倉田守衛は午後一〇時頃からタイムカードの変更業務の実施予定だったのが、原告両名らの右追及によりその応待に時間をとられ原告両名らが帰った午後一一時以後も精神的に疲労して右仕事に手がつかず、ようやく仮眠時間になる午前一時から午前二時頃までかかってやっと仕上げたが、その業務終了後も同守衛は仮眠できなかったことが認められ右認定に反する証拠はない。右認定事実によれば、守衛業務が円滑に遂行できなかったのであるが、この原因はこれまで述べたとおり倉田守衛が守衛業務に名を借りて違法に本件事務室に立入ったことに起因しているのであるから、同守衛が原告組合の組合員から違法立入行為を追及されたことにその責任を負わせることは適当でないと解されること、以上の①ないし④の理由によれば本件懲戒処分はその処分理由がないに等しいものと言わざるを得ないから、本件懲戒処分は懲戒権の濫用として、また原告両名の労働組合の正当な行為をしたことの故をもって不利益な取扱いをした不当労働行為(なお後記六の被告の責任で述べたところを参照)として違法、無効と解するのが相当である。

3  ところで、本件懲戒処分は原告両名に対してなされたものであるが、原告両名が右処分の対象とされた行為は労働組合の正当な行為であり、本件懲戒処分は右行為に対してなされていること、後記六で認定のとおり、原告組合が被告に対し本件立入行為の責任を追及している時に被告は同組合の団体交渉に応じないまま本件立入行為を正当な巡視義務であるとの理由で原告組合の執行委員長と執行委員に本件懲戒処分を加えたこと、前記二の厳しい労使関係の中で本件懲戒処分がなされていること等を考慮すると、本件懲戒処分は原告組合を威圧して同組合の右責任追及を逃れようとしたものと解せられ、しかも本件懲戒処分は本件立入行為を正当な巡視として正当化し、後記六で述べるとおり、その後も本件事務室に巡視名目で日常的に立入ることを前提にしているので前記二の厳しい労使関係のもとでは原告組合の組合活動を萎縮させるおそれが十分ある行為と解される。従って本件懲戒処分は右の点において原告組合に対しても労働組合法第七条第三号の支配介入行為として違法な行為と言わざるを得ない。(なお本件全証拠によるも、本件懲戒処分がBSN労組から原告組合に加入する者、もしくは原告組合を協力、支援する者に対する見せしめの意図でなされたと認めることはできない。)

六、被告の責任

1  被告の原告組合情報収集について

《証拠省略》によれば次の事実が認められ、以下の認定に反する証拠はない。

被告は昭和四〇年七、八月頃原告組合が共産主義の影響下にあると認識し、共産主義の破壊工作から被告を防衛する必要があると考え、被告の全従業員に対し、「春闘、夏闘は終っても共産分子の破壊工作は終らない」、「また始まった分子の策動について」、「“赤いバリケード出版記念映画と講演の夕べ”について……何を目的としているか、正しく判断しよう」とそれぞれ題する各文書を配布したが、その一番最後の文書の中には「赤いバリケード」という本を共産分子が普及しようとし、「七月一七日の第一回全県普及委員会」で「八月末までに新潟地区四〇〇部、下越地区二〇〇部、中越地区四〇〇部、上越地区一〇〇部、民青同五〇部、合計一、一五〇部の普及をはかる」ことが決定された旨等が記載され、その真偽は別として、原告組合対策として細部にわたる情報収集をしていることが窺われる。被告作成の「ストライキ時社内機構」と題する文書には「社長―作戦会議―総務局―警備班」という組織体制の中で警備班の任務として「組合員活動の監視」とともに「組合情報のキャッチ」がうたわれ、守衛は右警備班に属している。なお右文書は被告の機構の変遷に照らし昭和三七年頃から同四一年頃までの間に作成されたものである。守衛は平素組合掲示板に新しく掲示された文書があれば人事部に連絡していたが、人事部ではその連絡を受けると掲示文書を写真に撮影し、組合情報を日常的に収集していた。被告の原告組合に対する認識は昭和四〇年頃と本件立入行為があった昭和四五年当時との間に特段の変化はない。

以上認定の事実によれば、原告組合の情報収集は被告の一貫した労務政策の一つであることが認められる。

2  本件事務室の立入巡視に関する被告の認識

前記三2(二)(三)で認定したとおり、とりわけ次の事実、即ち、本件契約書第五条は原告組合が組合の独立性、自主性を確保するため被告の原案に訂正を申入れ、交渉の結果できたものであるという経緯、昭和四三年暮頃被告はガードマンによる巡視制度を導入したが、警備保障会社との契約によれば、被告の全施設につき巡視に関する責任はガードマンが負うことになっていたところ、右巡視の実効性を確保するため各施設に時刻キーをとりつけた際、原告組合からその組合事務室に対する時刻キー設置は困るとの異議があって右事務室への立入巡視を拒否されたが、被告も簡単にこれを了承して右事務室だけ時刻キーを設置せず、ガードマンの巡回巡視の対象から除外したこと、守衛も守衛制度が発足した昭和三七年から本件立入行為発生時まで原告組合事務室(本件事務室を含む)に立入って巡視はしていなかった実情、及び民間放送事業を営む公共的企業である被告は活発な組合活動をしてきた原告組合と長年にわたり対立してきたのであるから、原告組合対策として原告組合事務室の立入巡視がどのような場合にできるのか当然考えていたし、その立入巡視の実情がどうなっていたのか把握していたはずであること、以上の諸事情並びに本件契約書第五条の内容を総合判断すれば、被告は本件契約書第五条をどのように理解、解釈していたのかはともかくとして、少なくとも防火、防犯等を目的として他の施設と同様に一日四回の日常的な立入巡視をすることは労使関係から考えて実際上できない(容易に原告組合事務室には立入れない)ことを知っていたと解すべきである。

3  本件懲戒処分に至る経緯等

《証拠省略》によれば次の事実が認められ、以下の事実に反する証拠はない。

本件立入行為の翌日である八月二六日原告組合は被告のスパイ行為を追及する文書を掲示板に掲示し、被告は本件立入行為は防火防犯目的の正当な行為である旨の労務ニュースを従業員に配布した。同日原告組合は被告に対し団体交渉を申入れたが、被告の首脳部が不在若しくは会議中との理由で団体交渉が実現しなかったので、同日昼休み時間に飯塚人事部長に対し、被告の本件立入行為の抗議と謝罪を要求したところ、同部長は被告の指示により原告組合事務室貸与以来同日まで毎日組合事務室貸借契約第五条に基づき、防火、防犯等の目的で立入巡視している旨、また今後もひき続き本件事務室に立入巡視する旨公言し、倉田守衛の本件事務室立入行為は被告の指示によるものであることを認めていた。被告は倉田守衛に書かせた本件立入行為をめぐる顛末書と同守衛の供述をもとに原告組合の文書等も若干考慮して本件立入行為後六日目の八月三〇日本件立入行為に関する団体交渉が開かれないまま原告両名に対し本件懲戒処分に付したが、原告両名から懲戒理由につき弁明を求める手続もせず、就業規則第五六条により賞罰を公正かつ客観的に施すために設けられている賞罰委員会に諮問することなく、局長連絡会議を経て本件懲戒処分に至っている。なお同時に倉田守衛に対しては原告組合に誤解を招く行為があったとして口頭注意にしたが、右口頭注意は就業規則上の懲戒処分ではない。(しかしながら、本件懲戒処分の可否については、本件事務室に対する守衛の巡視業務について労使双方の意見の違いが前提にあり、また処分理由のうちでも倉田守衛を「脅迫つるしあげた」か否かが原告両名と同守衛の言い分が違っていたのであるから、本件懲戒処分を行うにあたっては原告両名の弁明を聞くべきが通常であったと思われるし、真実解明のため賞罰委員会を招集して相当な場合と考えられる。)、被告は昭和四五年一一月一六日の団体交渉の席上で、当裁判所が同年九月一六日になした本件事務室立入禁止仮処分決定について、「右決定に従い本件事務室に立入るなという指示はしていない。今までどおりやれと指示している。火事が出なければ立入れないというのは馬鹿げている。裁判官は非常識だ。」等発言し、右団体交渉当時は右仮処分決定に反しても本件事務室に立入ることを表明していた。その後被告は法的手続で右決定を争うこととし、法的に決着がつくまでの間右決定に従うことに態度を変更した。

4  被告の指示による本件立入行為

以上1ないし3で述べたとおり、特に、被告は本件事務室に防火防犯等の事由で日常的な立入巡視をすることが容易にできないこと及び本件事務室への立入巡視の実情も日常的にやっていないことを知っていながら、本件立入行為発覚後敢えて原告組合に対し、被告が日常的に本件事務室に立入巡視するよう指示していたと反対のことを述べて倉田守衛の不法な立入行為を庇い、原告両名に対しては正当な処分理由もなく適正な手続も無視して本件懲戒処分に及ぶ一方、同守衛に対しては懲戒処分に付さない(付せない)でいるのは、被告の労務政策である原告組合情報収集のため、被告の指示により同守衛が原告組合情報収集の目的で本件事務室に立入っていたからであると推認するのが相当である。

5  被告の故意による不法行為責任

被告の指示による本件立入行為は、その目的によれば当然違法であることを被告自身十分認識していたものと解せられ、さらに違法な立入行為であるから、正当なる守衛の巡視業務との不当な理由をつけて原告両名に対し本件懲戒処分に付し得ないこと、また、同時にそれが原告組合に対しても自由な組合活動に対する妨害行為になることがわかっていながら、本件懲戒処分に及んだと解するのが相当である。

よって被告は故意に原告らに対し違法行為をなしたものであるから、民法第七〇九条に基づき原告組合に対し、本件立入行為及び本件懲戒処分によって同組合が蒙った損害を、また原告両名に対し本件懲戒処分によって蒙った損害をそれぞれ賠償すべき責任を有するものである。

七、仮処分異議申立権及び応訴権の濫用による違法性

被告は、本件訴訟において、その理由がないことを知っていながら不当に応訴し、また本件訴訟と同時に審理されている当庁昭和四五年(モ)第七二四号組合事務室立入禁止仮処分異議事件においても、異議に理由のないことを知りながら不当に異議申立をしたと原告らは主張するので、以下検討する。

ところで何人も裁判所の裁判を受ける権利を奪われないことは憲法第三二条に明定するところであるが、他人からの訴えに対し、自由に応訴して自己の権利を防禦する行為は一般に法律によって広く認められた正当な権利であるから、右権利を行使して主張したところが裁判の結果理由がないとして敗訴したとしても単にそれだけでは右応訴行為が違法性を帯びることにはならないこと勿論である。しかしながら、右応訴権(異議申立権を含む)と言えども相手方の主張が正しくて自分の方にこれを争うべき何等の理由や利益がないことを充分知っていながら相手を害するため、または通常人として当該事件を事実面及び法律面から調査し、その応訴が全く理由や利益がないことを誰がみても容易に知り得べきであるのにその調査を尽さず、世間の常識上著しく非難されるに値する程の重大な過失により敢えて応訴した場合は、応訴権の濫用としてその応訴行為は違法性を帯びるにいたるものと解すべきである。

ところで、右仮処分異議事件及び本件訴訟において、被告は本件契約書第五条を、建物の保全、衛生、防犯、防火、救護の目的であれば緊急止むを得ない場合でもあっても本件事務室に立入巡視できる旨解釈すべきだと主張し、当裁判所はその解釈が採用できないことは前述のとおりであるが、訴訟当事者が契約内容を自己に最大限有利に解釈することは通常見うけられることであって、被告が当裁判所の採用した解釈が正当であると認識していたことを認めるに足る証拠はなく(但し、本件契約書第五条の運用は当裁判所の解釈に近いものであったことはこれまで述べたとおりであるが、必ずしも右解釈と同一の運用であるとまでは言えないので、これをもって被告の害意の証拠とすることに躊躇せざるを得ない。)、また前述のとおり本件契約書第五条と全く同一の条項が被告とBSN労組との間の組合事務室貸借契約中に存在するが、原告とは異った解釈運用がなされBSN労組の組合事務室にはガードマンによる立入巡視が他の被告施設と同様毎日行われている事情等を考えれば、被告の解釈は重大な過失に基づくものとは解することができない。よって被告が右仮処分異議事件において異議申立をして応訴したことは正当な応訴権の範囲を超えた違法があるとは解せられないところである。

次に本件訴訟の応訴行為について考えるに、右契約書第五条の解釈如何は本件懲戒処分の違法性の有無、程度及び損害の算定に大きな影響を与えるものであるから、応訴することの利益があると認められ、後記一三で述べるとおり、確認の利益の有無については異論もないわけではなく、本件訴訟における被告の応訴行為は正当な防禦権の行使と言わなければならない。

八、原告らの損害

1  原告両名の損害

(一)  賃金等の控除

被告は出勤停止三日間の本件懲戒処分によって原告両名に対し、昭和四五年九月一日から同月三日までの三日間就労させず、原告梨本から同年九月二三日同月分の賃金より七、五三一円、同年一二月二三日年末一時金より七、一〇一円を、原告本間から同年九月二三日同月分の賃金より五、五五一円、同年一二月二三日年末一時金より四、九三五円を右不就労を理由にそれぞれ控除したことは当事者間に争いがないから、原告両名は本件懲戒処分により得べかりし右賃金、及び年末一時金を得られず、右同額の損害(原告梨本につき一四、六三二円、同本間につき一〇、四八六円)を受けたと解される。

(二)  慰謝料

これまで述べたとおり、被告は新潟県内で民間放送事業の重要な一翼を担っている公共的企業であるにもかかわらず、一守衛をして不法に原告組合事務所に立入らせて原告組合の動向を探らせ、更に、これを発見して抗議、謝罪を求めた原告両名に対し、不当ないいがかりともみれる理由でそれぞれ本件懲戒処分に及んだのであって、右行為によって原告両名が一社員として、一組合員として受けた屈辱、憤激、精神的苦痛は大きいものがあると容易に推認されるところである。

原告両名の本件懲戒処分による右精神的苦痛に対する慰謝料としては各三〇万円を認めるのが相当である。

(三)  弁護士費用

《証拠省略》及び当裁判所に顕著な事実によれば、原告両名は本件懲戒処分によって毀損された自己の名誉を回復するため本件訴訟の提起を余儀なくされ、本件訴訟の提起並びに追行を弁護士たる本訴代理人に委任したことが認められ、弁護士に訴訟追行を委任した以上報酬等を支払うべきは当然のことであり、本件訴訟の認容額、訴訟経過、事案の難易等を考慮すると、原告両名が違法な本件懲戒処分と相当因果関係にある損害として被告に請求し得べきものとしては各一〇万円をもって相当と認める。

2  原告組合の損害

(一)  本件立入行為による無形損害

労働組合は、憲法及び労働組合法等の団結権保障規定によって、使用者から不当に団結権を侵害されない法律上の利益を有するものと解されるところ、《証拠省略》によれば、被告は原告組合情報収集を目的とする本件事務室立入行為によって原告組合の団結権を侵害し、その後も本件事務室に立入る旨公言したため、同組合は被告の立入行為による損害を防止するため止むなく、上部団体の指令文書並びにBSN労組員や非組合員からひそかに協力して貰ったカンパ台帳や賃金台帳等の重要書類は直ちに各組合役員宅に分散して保管したり、本件事務室を組合員への重要な連絡事項の伝達場所として使用を控えざるを得なくなったりして、本件事務室が団結権の拠点(心臓部分)として期待されていた機能を果さなくなったので、原告組合の組合活動に一定の支障や不便を生じたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実関係によれば、前記法律上の利益が損われたと解すべきであり、右損害は無形の損害であるが、本件立入行為はその目的及び態様に照らし極めて違法性の高い不法行為であることに鑑み、金銭的に評価してこれを賠償させることが相当であると考えられる。よって前記認定の諸事情を総合すると右損害を三〇万円と評価するのが相当である。

(二)  本件懲戒処分による無形損害等

本件懲戒処分は、前述のとおり、原告組合の被告に対する本件立入行為の責任追及行動やその余の組合活動を抑圧するおそれのある違法な不当労働行為であるが、本件全証拠によるも、原告組合の右責任追及行動やその余の組合活動を抑圧したことを認めることができないので、本件懲戒処分による損害の発生を認められない。

また、本件訴訟継続中、原告組合団結を維持強化するために多くのチラシやビラを発行した費用等は本件立入行為並びに本件懲戒処分と相当因果関係にある損害と認めることはできない。即ち、これらの費用は原告組合の自主的な組合活動に伴う費用と解すべきで、被告に負担させるべきものと考えられない。

九、時効の抗弁が時機に遅れているとの主張について

原告らの慰謝料(弁護士費用も含める。以下同じ)請求は時効により消滅したとの被告の抗弁につき、原告らは時機に遅れた防禦方法として却下すべきであると主張するので検討する。

当裁判所に顕著な事実によれば、次の事実が明らかである。

原告らの慰謝料請求は、昭和四八年一〇月一二日当裁判所受付の書面(原告両名については「請求の趣旨拡張申立書」、原告組合について「訴状」)でなされ、昭和五〇年五月一三日の口頭弁論期日(原告両名については第一六回口頭弁論期日、原告組合について第一回口頭弁論期日になる。なお同期日に原告組合の本件請求は原告両名の本件請求に併合された。)に陳述され、その後八回にわたる証拠調期日で主として証人調、原告本人尋問が施行され、昭和五二年七月八日の第二六回口頭弁論期日で原被告双方から当日付最終準備書面が陳述され、弁論が終結されたが、この期日で被告は前記時効の抗弁を援用した。右抗弁により新たな証拠調はなされなかった。原告らは、弁論再開を申立て、以後二回にわたり右抗弁の認否及びそれに対する再抗弁の主張立証、並びに当裁判所の釈明に対する主張(請求の減縮も含む)を陳述し、被告も原告らの右主張に反論した。

右訴訟経過に照らせば、被告の時効の抗弁はもっと早い時機に提出できたのではないかと言うこともできない訳でもないが、右時効の抗弁は、原・被告双方から最終準備書面が陳述された期日において付加して主張され、またその主張を立証するため特段の証拠調を要するものではなかったから、右時効の抗弁の審理のため具体的に訴訟の完結を遅延せしめる結果を招来したとは解せられない。

もっとも右時効の抗弁がさらに原告らの時効の中断等の再抗弁を誘発したとみられるので必然的に訴訟の完結を遅延させたことになると解すべき余地がないではないが、本件訴訟は未だ第一審に継続中の事件であり、仮に右時効の主張がなくても右抗弁以外の事実審理が今後第二審においても何回か開かれることが十分予想されることを考慮すると、最終口頭弁論期日とはいえ準備手続等を経ていない第一審の段階で、格別の証拠調の必要がなかった右抗弁の主張を排斥することは妥当でないから、民事訴訟法第一三九条により時機に遅れた防禦方法として却下しないのが相当である。

一〇、時効の抗弁

1  原告両名の慰謝料請求に対する時効の抗弁

原告両名が、本件損害賠償請求のうち慰謝料について本件訴を拡張してその請求をしたのは昭和四八年一〇月一二日であること、被告が昭和五二年七月八日の本件口頭弁論において右慰謝料につき時効を援用したことは当事者間に争いがなく、また前記五1、及び六3並びに八1(一)で認定したところによれば、原告両名はいずれも昭和四五年八月三一日被告が本件懲戒処分の加害者であること、及び同日本件懲戒処分によって翌日の九月一日から三日までの三日間就労できないこと、従って右三日間の賃金が得られないこと(損害の発生)を知ったと解すべきである。(例えば、労働協約または就業規則によって、懲戒処分を受けた従業員がその処分に不服を申立てた場合その不服申立の当否を審査する期間その処分の執行を猶予し、その処分が取消される可能性が残っている等の特別の事情がある場合は、処分された日に違法な処分による損害の発生を知らないと判断する余地があるが、本件懲戒処分の場合はこれまでの被告の処分例に鑑み、直ちに右処分が執行されることが原告両名において十分知ることができたと解すべきである。)従って昭和四五年八月三一日から原告両名の慰謝料請求権の消滅時効が進行するが、原告両名の右慰謝料請求時は既に短期消滅時効の三年間を経過しているので、被告の右時効の援用により消滅したのではないかと解される余地がある。しかしながら、原告両名は昭和四五年一二月一一日本件訴を提起して賃金控除分の財産上の損害を請求した際、本件懲戒処分による損害の一部である賃金控除分だけの損害を求める趣旨を明示して請求したものではないこと当裁判所において顕著な事実であるから、原告両名の本件提起による消滅時効中断の効力は本件懲戒処分による損害全部(右慰謝料も含め)に及ぶものと解すべきである。

よって被告の主張は採用しない。

2  原告組合の本件請求に対する時効の抗弁

原告組合が本件損害賠償請求の訴を提起したのは昭和四八年一〇月一五日であること、被告が昭和五二年七月八日本件口頭弁論において右請求の消滅時効を援用したことは当事者間に争いがなく、また前記四1(二)及び六3で認定したところによれば、同組合は本件事務室立入行為があった昭和四五年八月二五日被告の指示により倉田守衛が原告組合情報収集のため本件事務室に立入ったこと及びその損害が発生したことを知ったと解される。従って同日から本件立入行為による本件請求の消滅時効が進行するところ、原告組合の本訴提起は既に不法行為の短期消滅時効である三年間を経過しているので、被告の右時効援用により、同組合の本件請求は時効で消滅したことが認められる。

一一、時効中断の再抗弁

原告組合は本件立入行為について昭和四八年八月三一日到達の内容証明郵便でもって被告に対し、一〇〇万円の損害賠償の催告をなしたことは当事者間に争いがない。

しかし、原告組合の本件立入行為による損害賠償請求権は昭和四八年八月二五日に三年間の消滅時効が完成しているから、その後になされた右催告は時効中断の効力は生じないものと言わざるを得ない。

一二、権利濫用の再抗弁

原告組合は被告の時効の主張が権利の濫用であると主張する。

しかしながら、本件全証拠によるも、被告が原告組合の本件請求を認めて弁済するように装うなどして同組合が本件訴提起その他時効の中断の処置を怠らせるに至る行為を取ったために同組合の本件請求の時効期間が経過し、その後に被告が時効を援用したといった事情も認められず、弁論の全趣旨によれば、却って同組合は何時でも本件訴を提起できたと推察されるのにその処置をとるのを怠っていたと認められるから、同組合が本件は請求において被告からの時効の抗弁を主張されたからと言って被告の右主張を信義則に反するとして、非難し得るものではない。被告の時効の援用は正当な権利の行使として、同組合は受認すべきである。

よって同組合の権利濫用の主張は採用できない。

一三、確認の利益

《証拠省略》によれば、原告両名はいずれも本件懲戒処分によって昭和四五年九月一日より同月三日までの三日間出勤停止になったが、その効果として、右期間は勤続年数には算入しないこと、右期間の賃金は支給しないことの二つの不利益をそれぞれ受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

本件懲戒処分の効果である原告両名の右賃金を支給しない不利益については、これまで説示したとおりその回復を命じたところであるが、右出勤停止三日間の勤続年数不算入の不利益については、本件懲戒処分が無効であるから、原告両名がその不利益を受けないことの確認を求める利益があると解される。従って本件懲戒処分の無効を確認しておけば、原告両名が右法律上の不利益を受けることがないので、本件懲戒処分の無効確認請求を許容すべきであるところ、原告両名は請求の趣旨第一項において、本件懲戒処分無効確認請求を現在の法律関係の紛争に置き換えて同趣旨の裁判(本件懲戒処分の附着しない労働契約上の権利の確認請求)を求めていると解されるので、同じ理由によりその確認の利益を肯定すべきである。

一四、以上の次第であるから、原告両名の本訴請求は、本件懲戒処分の附着しない労働契約上の権利をそれぞれ有することの確認請求、並びに被告に対し、本件懲戒処分の不法行為により原告梨本において四一万四、六三二円、同本間において四一万四八六円の各損害賠償金及び右各金員に対する右不法行為発生日の後である昭和四六年一月一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを正当として認容し、原告両名のその余の請求、並びに原告組合の本訴請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山中紀行 裁判官 馬淵勉 裁判官大浜恵弘は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 山中紀行)

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